富士登山をきっかけに富士山ばっかりの富士山馬鹿になりまして・・・。小1から息子を連れて7年目。思い出しながらつづった徒然です。(最新情報ではないためご注意ください。ご参考程度になれば嬉しいです)


by fujibakari

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

カテゴリ

全体
きっかけ
2012開山日登山 登り始めまで
2010登山準備
2010登り始めまで
2010富士宮口山小屋まで
2010山小屋
2010御来光登山
2010富士山頂
2010御殿場口下山
2008登り始めまで
2008御来光まで
2008年山頂まで
2008年山頂
2008年吉田口下山
富士山なヒトコト
富士山周辺のお話
富士山以外のお山
今日のヒトコト

外部リンク

最新の記事

家族会議2 ~2012開山日..
at 2013-10-07 09:00
家族会議 ~2012開山日登..
at 2013-10-06 15:04
どうする?どっちに行くべき?..
at 2013-09-01 13:23
家族だけで登る理由 ~201..
at 2013-08-31 12:04
富士山なヒトコト・・・富士塚
at 2013-07-15 16:38

以前の記事

2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月

フォロー中のブログ

検索

タグ

(24)
(23)
(21)
(18)
(16)
(15)
(14)
(9)
(9)
(8)
(7)
(6)
(6)
(6)
(5)
(5)
(5)
(4)
(4)
(4)

その他のジャンル

記事ランキング

ブログジャンル

登山
アウトドア

画像一覧

御中道と大沢崩れの看板 ~御中道と大沢崩れ11~

ここで大沢崩れに立ててあった建設省の看板にある文をご紹介します。

~御中道(おちゅうどう)と大沢崩れ~

「御中道」とは、富士山中腹の
標高2300m~2800mを通って一周する約25kmの小径です。
富士講の信者が巡拝し、
富士山に3回以上登頂経験のある者にのみ許された
最上級の修練の道だと伝えられています。
いつ頃つくられたか明らかではありませんが、
19世紀初めに「中道廻りの行者、一年に百人は下らず」とあります。

御中道の中でも、大沢の越場は最大の難所とされ、
当初は標高2800m付近の「一ノ越」を渡っていました。
大沢崩れの崩壊が拡大して明治初期には「ニノ越」に変更され、
その後も進み、昭和初期には「三ノ越」が設けられました。
昭和52年に転落事故が発生し閉鎖になり、現在に至っています。

昭和51年5月、作家幸田文は
偶然見た安倍川源流の大谷崩れで
偉大な自然の営みに強い感慨を覚え、
全国の大崩壊地を巡りました。
同年7月、幸田文は富士山の大沢崩れを訪れ、
随筆「崩れ」を執筆しました。
(建設省 富士砂防工事事務所)

…なるほど、
いろいろあったその先人方の数々の歴史の上に
今まさに立っているんだね。

次回→ハイキングって体力いるのね

a0219656_22553539.jpg














今回、この右側の看板の文章を紹介しただけですみませんっっ。
でも、御中道と大沢崩れが一番分かりやすいなと思って書き写させていただきました。
随筆「崩れ」はまだ読んだことがありませんが、この回をアップして思い出し、読んでみたいなと思いました。


人気ブログランキングへ
[PR]
by fujibakari | 2011-12-23 23:06 | 富士山周辺のお話